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百年炭蔵・セレブリース・4D&ICAS畑
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沼津市大岡の菊地木材建設㈱(菊地勝彦社長)さんが
三島市芝本町の浄土宗 正覚山大善院 長圓寺の
平成の大修理を工事中です。
朝鮮通信使や世古本陣に縁のある、増譽上人の開山の
古刹である長圓寺の本堂は大正11年に最後の大改修を
行って以来現在に至り、痛みも酷く、歴史ある木造建築を
次の時代に繋ぐべく、平成の大修理にとりかかりました。

この大修理にもろ肌ぬいだのが菊地社長さんです。
ヘルスコート代理店でもある菊地社長さんは、
自然素材の防蟻・防腐用木炭塗料ヘルスコキュアーを
用いた「キュアーフレーム工法」で床下を施工、
次の時代への歴史の繋ぎ手という宿命を担いました。

木部だけでなく、土間にも全面キュアーを塗布し、
埋炭による地電流の役割を期待してあるところは、
流石に菊地社長さんと、感心しました。
三島の地に「いやしろ地」が生まれました瞬間に
私も立ち会える事が出来、感激です・・・・・。

それでは、工事の一部をご覧ください。

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長圓寺の歴史をご案内しておきます。
(長圓寺のパンフレットより転載)

 当寺は浄土宗長圓寺山号正覚山である。往古は林泉寺と
称し小浜池(楽寿園)を中心とする真言宗の寺であった。
 大永2年増譽長圓上人の歓化により再興し爾後正覚山
大善院長圓寺と改称する。末寺に音聲院文哲寺あり、寺域に
子院壽徳・量壽の二寺及び観音堂(利生院)を有す。
 開祖長圓和尚は兄成鳴と共に衆生済度を志し沼津に至る。
折柄千本松原はなく里人は風害、塩害に苦しんでいた。長
圓和尚は、毎日松の苗を阿弥陀仏経を唱えつつ植え、遂に千
本の松を根付かせた。里人はこれを徳とし草庵を設け、兄
の名をとり成鳴寺(乗運寺)となり今日に至る。
 一方三島の寺は自らの名を冠し、長圓寺と名付け現在の
当寺となる。長圓和尚は此の寺に本尊が無いことを憂え、
日夜古仏を与え給えと祈念していた処、或夜夢枕に恵心
僧都が現れ「富士山頂にて阿弥陀佛来迎の尊形を霊木に
摸刻しこれを本尊にすべし」とこれが当寺本尊富士来迎阿
弥陀如来の由来である。
 尚、観音堂には正観世音菩薩、本堂内脇には廃寺となっ
た文哲(徹)寺本尊大日如来も祀られている。
 当寺山門は「赤門」の名を以って世に知られ元三島宿の
本陣世古家より寄進を受け明治初年に現在地に移築された
ものである。

一、浄土宗
二、開基大永二年(1522年)増譽長圓上人
三、ご本尊 富士来迎阿弥陀如来
四、伊豆中道観音霊場第二番札所
  伊豆観音霊場「平成の道」
五、住職  小川 文乃

住所 静岡県三島市芝本町7-7






 
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